asahappyday’s diary

ふつうの会社員です。まいにち、大事にていねいに。が希望。

ネットとの距離感

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最近、Twitterやネットニュースを見ていて、苦しくなることが多いんです。

前からネットニュースはウソ交じりが多いし、気を付けていたけど、新しい地図の72時間を見初めてからTwitterはよく使うようになり、そこに混ざってくる気持ちのすれ違いに、溺れそうになる時があります。

見なければいいのに、見えてくることがある。

人の悪意は当然のことながら、自分のTwitterだからみんな好き放題なんです。自分のフィールド、日記だと思えば当然。でも、それに共感して仲良くなることもあれば、意見したり注意する人もいる。

たとえば同じ番組を見て、いいと思うことが違う、私が面白いと思ったことを不愉快に思う人がいる。それが見え始めた時、一番怖くなった。気が付くと私は何を見ても、面白いと思った瞬間に、どこかの誰かがこんな風に受け止めるんじゃないかってよぎるようになった。こんなんじゃ何を見ても楽しめるわけがなくて、だんだん何もかも心から楽しめなくなった来た。

 

そこまで来て、あああああ、なんかなんか、おかしいって気が付いたんです。

 

そりゃそうだ。人はみんな違う、良いと思う人もいる、不愉快に思う人もいる。好きなものも嫌いなものも、ニガテなものも違う。だけど、ネットの中ではそれを押し付けたり、不用意に受け取ったり、勝手に傷ついたりする。私もその一人で。

でも、実際の生活でも同じことはたくさんある。好き勝手に思うことを言い合わないだけ。合わないと思ったら、別に言い争ったりしない。なぜネットだとこうも大きなダメージを受けるんだろう。

せっかくのネットだから言いにくいこと伝えづらいことを、発言していい、でも人のことに口出すのは違う。私とは違う考えなんだな、で終わらせる。

それが私ができるかどうか、なんだと思う。その距離感持たないと、このままだと溺れてしまう。

 

見ている私でもこうなのに、作っている人たちは本当にしんどいんだろうな・・・

テレビも広告も、いろいろ。

広告なんかの批判は特に驚きます。何が差別にあたるのか、のライン引きが人によってあまりに違う。でも広告なんだよね、公共機関ではない。批判ではなく、それは私は好きじゃない、で終わりだと思うのに、批判して責めてしまうのはなぜなんだろう。。。もちろん、品のないものも多いけれど。

ふと気づくと自分も責めのモードに入ることがあるので、気をつけないといけないなぁと。

責めるのではなく、自分は好きじゃない、違う。それだけだ。